わが国の景気はリーマンショックや東日本大震災の水準を下回った

人類に過酷な試練を突き付ける新型コロナウイルス感染症。緊急事態宣言が延長されるなど、今なお、地球規模での感染拡大が出口の見えない経済不安を招いています。

IMF(国際通貨基金)が4月14日に公表した世界経済見通しによると、2020年の世界全体の経済成長率はマイナス3.0%となりました。リーマンショック後の金融危機に見舞われた2009年(マイナス0.1%)を大幅に下回る景気悪化です。国別で見てみると、米国がマイナス5.9%、ユーロ圏がマイナス7.5%の見通しとなりました。事実、4月29日に発表された米国の1~3月期GDP(速報値)はマイナス4.8%の落ち込みです。4~6月期GDPは戦後最悪となり、2桁のマイナス成長に陥ると米商務省は予想しています。

翻って、わが国はどうでしょうか?―― 前出のIMFによると日本の2020年経済成長率はマイナス5.2%の見通しです。4月8日に公表された3月の景気ウォッチャー調査は大幅に悪化しました。景気の実感を示す指数は、リーマンショック後や東日本大震災直後を下回り、過去最悪の水準でした。

さらに4月の月例経済報告では、景気について「急速に悪化しており、極めて厳しい状況にある」との判断が示されました。景気判断に「悪化」という表現が用いられるのは約11年ぶりのことです。先行きについても「極めて厳しい状況が続く」という見通しが示されました。

これだけ悪い数字が並ぶと、いくら想定していたとはいえ、景気後退の到来を予感せずにはいられません。必然的に経済へのさらなる打撃が想起され、そのしわ寄せは“弱者”に襲い掛かります。住宅ローン滞納者の増加を予感させます。

そこで、利用者保護を図る金融庁は「取引先の金融機関へ積極的にご相談ください」と案内。呼応するように、住宅金融支援機構は新型コロナウイルスによって返済が困難になった住宅ローン利用客に対し、返済方法の変更メニューを3種類用意しました。

  1. 返済期間を延長し、毎月の返済額を減らす
  2. 一定期間だけ返済額を減らす(返済期間はそのままで延長はしない)
  3. ボーナス返済の見直し

新型コロナの影響で返済が困難になっているお客さまへ (住宅金融支援機構)

上記の変更メニューは同時に組み合わせることが可能で、返済中の金融機関と住宅金融支援機構が審査した後、適用可能と判断された場合に利用できます。とりわけ急激な収入源により、翌月の返済ができるかどうか不安を抱えている人には役立つでしょう。目先の“急場しのぎ”として、何としても滞納だけは避けたいという住宅ローンの利用者には一定効果が期待できます。お心当たりの人は今すぐ相談してみてください。

自宅を失ってもローン返済は続く不条理

ただ、念押しとして、“その場しのぎ”である点は忘れないでください。変更メニューに関する説明をよく読むと、「返済方法変更のご案内に当たっては、返済方法変更中および変更期間終了後において、ご返済の継続が可能であることを確認させていただきます」と住宅金融支援機構は注意を促しています。つまり

「返済の継続が可能であることを確認」=「返済債務は減免せず、最後まで払い続けてもらいます」

という意向の承認を利用者に求めています。無論、借りたものを返すのは当然。安易に借金を棒引きしては信用秩序が維持できません。返済不安な弱者ばかり一方的に肩入れすると、滞納せず計画通りに支払っているローン利用者との不平等・不公平を生じかねない ―― その指摘はごもっともです。

ただ、ここで思い出してください。阪神淡路大震災(1995年)の時も、姉歯・元一級建築士による耐震強度偽装事件(2005年)の時も、住宅ローンは減免されませんでした。天変地変による「不可抗力」であろうと、1人の建築士による「人災」であろうと、住宅ローンの利用者はマイホームを失ったうえに、残りのローンを返し続けなければならなかったのです。借り手はまったくの無過失であったにもかかわらず、返済債務が消滅することはありませんでした。

私は「二重ローン問題」も忘れられません。二重ローン問題とは「倒壊した自宅の既存の住宅ローン」と「再建に要した新たな住宅ローン」の二重返済(Wローン)を強いられる社会的問題です。阪神淡路大震災では10万4906棟が全壊し、14万4274棟が半壊となり、およそ1万5000人が二重ローンを背負わされることとなりました。

また、15年前の耐震強度偽装事件ではヒューザーが手がけた耐震強度が2分の1未満の分譲マンション10件が建て替えられ、その中の1件、東京・世田谷の分譲マンションでは、住民が約3800万円の住宅ローンを借り入れてマンションを購入後、わずか2年余りで耐震偽装が発覚しました。

建て替え後、国などの補助を受けましたが、それでも新たに約2000万円のローンが上積みされ、毎月の返済額は約15万円から約23万円余りに跳ね上がりました。一級建築士の蛮行により、返済額が約1.5倍に膨れ上がったわけです。傍から見ていて、気の毒としか言いようがありません。

スルガ銀行はシェアハウスを手放せば、残債の帳消しに応じた

社会インフラである銀行には公共的使命が付託されている

だからこそ、同じ惨事を繰り返して欲しくないのです。特異なケースではありますが、今年(2020年)3月、スルガ銀行が融資を帳消しにする措置に応じました。スルガ銀行といえば、女性専用シェアハウス「かぼちゃの馬車」の建設をめぐり、預金通帳や契約書を改ざん・偽造し、また、借入希望者の自己資金や年収を示す書類を細工するなど、不適切融資に手を染めた金融機関です。

そのスルガ銀行が今春、シェアハウスを手放せば残債の返済を免除すると正式に発表しました。投資ファンドを介した物納により、債務・債権処理を行います。これによりシェアハウスのオーナーは借金が帳消しされ、アパートローンの呪縛から解放される仕組みです。

新型コロナウイルスに話を戻しますが、感染拡大の影響で家賃が払えない人への支援として、一定条件のもと、国が原則3カ月分の家賃に相当する給付金を支給する制度があります。「住居確保給付金」がそうで、国策として住居および就労機会の確保に向けたサポート体制が敷かれています。

このように、収入不安に陥った人の家賃を補助できるのなら、不可抗力により住宅ローン返済が困難になった人も補助できなければ困ります。今から15年前、リーマンショックの勃発で住宅ローン返済が不安定になった人を救済すべく、2009年、「中小企業金融円滑化法」が施行されました。ローン利用者の支払い猶予や返済期間の延長申し出に対し、金融機関はできる限り条件変更に応じました。

ただ、残念ながら「債権放棄」「債務免除」という言葉は見当たりませんでした。借りたものは返すという金融秩序は死守したわけです。

今般、首都直下地震や南海トラフ巨大地震の切迫性が高まるなか、誰もが安心してマイホームを持てる(=住宅ローンが組める)ようになるには、住宅金融へのセーフティネットが欠かせません。長引くゼロ金利環境により、各行の収益が圧迫されているのは十分理解していますが、たとえばノンリコースローンをメニューに加えるなど、柔軟かつ斬新なローン商品の展開が求められます。銀行法には第1条として、私企業たる金融機関としての存在目的が掲げられています(下記参照)。銀行には重い“公共的使命”が付託されているのです。視界不良の今だからこそ、各行は“損して得取れ”の精神を思い出してください。

※ノンリコースローンとは、返済不能に陥った際、自宅さえ手放してしまえば、たとえ残債があっても残りの返済を要求されない住宅ローン。マイホームからは強制的に追い出されますが、未払い分はすべて免責されます。

銀行法 第1条(目的)

銀行の業務の公共性にかんがみ、信用を維持し、預金者等の保護を確保するとともに金融の円滑を図るため、銀行の業務の健全かつ適切な運営を期し、もって国民経済の健全な発展に資することを目的とする。