もはや「異常気象」という言葉は意味をなさなくなりつつある(イメージ写真)

もはや「異常気象」という言葉は意味をなさなくなりつつある ―― こう感じているのは決して私だけではないはずです。

というのも、毎年のように「100年に一度」や「観測史上初」と形容された豪雨が多発し、各地に甚大な被害を与えているからです。今年7月には九州や中部地方など広範な地域で記録的な大雨が降りました。「令和2年7月豪雨」と命名され、その被害状況は消防庁によると、全壊・半壊・一部損壊した住宅が合計1954棟、床上あるいは床下浸水した住宅が1万6426棟に達しました。気象庁は7県に大雨特別警報を発表し、最大級の警戒を呼び掛けたにもかかわらず、82名の尊い命が奪われました。

この82名の内訳を見てみると、14名が熊本県球磨(くま)村の特別養護老人ホーム「千寿園」の入所者でした。千寿園は洪水時に10~20メートルの浸水が想定される区域に建設されており、驚いたことに「避難計画に浸水想定は盛り込まれておらず、年2回の避難訓練でも河川の氾濫は想定されていなかった」(西日本新聞8月5日)そうです。

水防法では、こうした浸水想定区域に立地する高齢者施設に対し、避難計画の策定や避難訓練の実施を義務付けています。しかし、残念なことに法律は守られていませんでした。14名の死が悔やまれてなりません。

当然ながら、病院や老人ホームなどの要配慮者利用施設は自然災害への万全な備えが欠かせません。にもかかわらず、理想と現実には大きなギャップがありました。日本経済新聞社の調査によると(下記参照)、東京23区内にある特別養護老人ホーム(特養)の約4割が国や都の想定で洪水時に最大3メートル以上の浸水が見込まれる場所に立地していました。“第2の千寿園”予備軍が、東京都内にも散在している事実が判明しました。

23区内の「特養」およそ4割に浸水リスクあり

東京23区内で運営する特別養護老人ホーム319施設(7月1日時点)を対象に、国や都が想定する最大規模での洪水時の被害状況を調べた。

それによると、最大で3メートル以上の浸水が想定されるのは319施設中128施設あり、定員の合計は約1万1000人に上った。内訳は最大3メートルが63施設、同5メートルが56施設、同10メートルは9施設だった。一般的に3メートルの浸水で1階の天井付近まで水没し、10メートルでは3~4階まで水につかる計算になる。大規模浸水が見込まれる東部の区で最大3メートル以上の浸水が見込まれる施設が多い。

(日本経済新聞2020年8月16日より引用)

 

停電と断水に見舞われた武蔵小杉のタワーマンション

水災害といえば、昨年(2019年)10月、東日本を中心に甚大な被害をもたらした台風19号も忘れられません。この時も大雨特別警報が発表され、気象庁は繰り返し「ただちに命を守る行動を!」「大切な人の命を守るため、早めの対策をお願いします」と呼びかけました。しかし、その願いもむなしく91名の尊い命が失われました。

この台風により、タワーマンションの集積地として名をはせた武蔵小杉(川崎市中原区)では、林立する11棟のうち2棟が大打撃を受けました。台風19号では71河川の135か所で堤防が決壊し、8万棟を超える住宅が建物被害や浸水に見舞われました。

その中に武蔵小杉のタワーマンションが含まれており、住民は停電や断水に苦しめられました。多摩川の氾濫によって、マンション地下に設置された電気設備が浸水・故障したためです。最新鋭のタワーマンションにも死角がありました。堅牢な建物も浸水には弱かったわけです。

事態を重く見た政府は同じ惨劇が繰り返されないよう、「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」を策定しました(関連サイトを参照)。洪水の発生時に機能継続が必要とされる老人ホームやマンションなどの建築物に対し、企画・設計・施工・管理・運用の各段階において検討すべき浸水対策が取りまとめられました。

当該ガイドラインには浸水対策の具体事例も記載されており、多摩川に隣接する敷地で計画中の33階建てタワーマンションが、当初、地下1階に施工を計画していた電気室や給水施設を地上階に配置変更したケースなどが紹介されています。いくつものリスクシナリオを想定し、各シナリオで必要とされる浸水対策が丁寧に説明されています。本ガイドラインが広く周知・積極的に活用されることで、浸水対策の推進に資するよう具体的に留意点が記されています。

【関連サイト】

8月28日から「水害リスク」の重要事項説明が義務化

重要事項説明の対象項目に「水害リスクにかかる説明」が追加される

このように、大規模水災害の頻発によって毎年のように甚大な被害が生じています。もはや記録的な豪雨を「想定外」とは言えなくなっているわけです。そこで、不動産取引では「水害リスクを考慮しないこと自体がリスク」との認識に立ち、今年(2020年)7月、宅地建物取引業法施行規則の一部が改正されました。

宅建業法では契約前、取引の相手方に重要事項を説明するよう定められています。消費者保護および紛争の未然予防を目的に、契約するか否かの判断において重要な影響を与える事項(=重要事項)について、宅地建物取引士にその説明を義務付けています。

今回、改正により重要事項説明の対象項目に「水害リスクにかかる説明」が追加されました。水防法に基づき市町村が作成する水害ハザードマップを提示し、取引対象となる宅地・建物がどこに位置しているかを契約締結前に説明しなければなりません。たとえ、その所在地が浸水想定区域外にあっても「水害リスクにかかる説明」は免責されません。「浸水想定区域外」=「水害のリスクはゼロ」との“誤解”を生じさせないよう気を使いながら、水害ハザードマップを活用して「区域外」である旨を説明する必要があります。

加えて、同時にハザードマップ上に記載された避難所についても、その位置を示すことが推奨されています。避難所の情報が浸水対策の1つと考えられるからです。失敗も後悔も許されない不動産取引において、そのエリアの避難対策を知ることは極めて重要です。すでに施行規則の一部を改正する命令は7月17日に公布されており、今年(2020年)8月28日以降に締結される契約から「水害リスクにかかる説明」が義務化されます。

【関連サイト】