コロナ後はオフィスに縛られない働き方が前提となる!?

※掲載記事は2020年7月時点の内容です。

外出自粛や感染防止に必要な協力を要請できる緊急事態宣言の全国解除から1カ月半。東京都では感染者数が1日100人を超える日が続き、ついに7月10日には最多の243人を記録するなど、「感染の拡大防止」より「経済再生」を優先する“ツケ”が数字となって表れ始めてきました。

改めて、「疫病の封じ込め」と「景気のテコ入れ」という二律背反する“二兎”(にと)を追い求めなければならない行政の苦悩が感じられます。今秋以降、新型コロナの感染“第2波”が懸念される中にあって、ウイルスとの共存・共生が避けられなくなっています。これからは、生命と暮らしを守るための新しい生活様式のもとで生きていかなければならないのです。

そうしたなか、私たちの生活観に変化が見られるようになりました。内閣府が15歳以上の男女およそ1万人を対象に行った生活意識や行動の変化に関する調査(6月21日公表)によると、今回の感染症拡大を契機に「仕事」より「家族」の重要性を意識する傾向が見て取れるようになりました。ご自身の仕事と生活のどちらを重視したいか尋ねたところ、2人に1人(50%)が「生活を重視するように変化した」と回答しているのです。

逆に、「仕事を重視するように変化した」と答えた割合はわずか5%でした(下記参照)。コロナ災禍による在宅勤務の推奨など、夫の働き方が変化した家庭では家事・育児における夫の役割が増加する傾向にあります。

ご自身の仕事と生活のどちらを重視したいですか?
  • 生活を重視するように変化 ……50%
  • 変化はない………………………40%
  • 仕事を重視するように変化  ……5%
  • わからない ………………………4%

テレワークで住まい選びの基準が「立地志向」から「間取り志向」へ

さらに、新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの“住まい観”も変えようとしています。前出・内閣府の調査によると、テレワークの経験者が地方移住への関心を高めているのです。「関心が高くなった(6.3%)」「関心がやや高くなった(18.3%)」を合計すると、4人に1人(24.6%)が地方移住へ関心を示しています。とりわけ、テレワークの実施率が高い東京圏(1都3県)の居住者が通勤時間を減らしており、約7割の人が「今後も減少した通勤時間を保ちたい」=「テレワーク中心の働き方を歓迎する」と回答しています。

確かに、朝夕の満員電車から解放され、自宅のパソコン1台で仕事が完結するのであれば、誰しもオフィスへ出社したいとは思わないでしょう。大手電機メーカーの富士通は7月、全国の支社や出先のオフィススペースを段階的に減らし、3年後をメドに現状の5割程度に減らす方針を打ち出しました。オフィスに縛られない働き方が前提となる“コロナ後の新たな日常”が浸透するに従い、テレワークが日本的職場を変える契機となるのは想像に難しくありません。

自然と、こうした変化は住まい選びにも影響を及ぼし始め、マイホームの選択基準が「自宅にオフィススペースを確保したい」「家族との団らんを意識したレイアウトを実現したい」といった『間取り志向』へ移りつつあります。

リクルート住まいカンパニーが行った「コロナ禍を受けた住宅購入・建築検討者調査」によると、新型コロナの感染拡大に伴う住宅に求める条件の変化として「仕事専用スペースがほしくなった」と答えた人が25%いました。また、住居形態では63%の人がマンションより一戸建てを志向しています。私たちの住まい観が、床面積の広さや収納量を重視する方向へと変化しているわけです。これまでの「通勤時間」や「最寄り駅からの距離」を優先する『立地志向』は二の次となってしまいました。

しかし、これからマイホームを手に入れようと考えている人は、安易に選択基準を変えないようにしましょう。なぜなら、コロナ後の新たな日常においても、不動産の価値は「売りやすさ」「貸しやすさ」で評価されるからです。

確かに、テレワークは感染防止対策として有効なだけでなく、災害時の備え、通勤時の混雑緩和、さらに子育てを初めとするワーク・ライフ・バランスの推進にもつながります。そのため、これを契機に日本にテレワークが定着する可能性は十分あるでしょう。

ただ、マイホーム選びをテレワーク(=間取り志向)に同調させる必要はありません。「立地志向」は不変の選択基準だからです。一度、“負”動産を手にしてしまうと、マイホーム呪縛に陥りかねません。たとえ今後、リモートワークや在宅勤務が定着しても、「間取り志向」に傾いてはいけません。

不動産の収益力に応じて価格を算出する鑑定手法が「収益還元法」

マイホームに「貸しやすさ」「売りやすさ」を求める背景には、不動産鑑定評価の変化がありました。

歴史をさかのぼると、昭和はすべてが経済成長(インフレ)を前提に制度設計されていた時代でした。それが資産バブルの崩壊により、平成はデフレの時代へと様変わりしました。このデフレ下で各企業は不良債権処理に追われ、その一環として資産リストラを断行しました。利益を生まないばかりか、保有しているとランニングコストが負担となる社宅・福利厚生施設の売却や支店の統廃合を加速させたのです。2006年に適用が強制された減損会計の影響も無視できませんでした。

こうした企業不動産の減損処理に伴い、不可欠な評価手法として導入されたのが「収益還元法」です。収益還元法とは、不動産が生み出すキャッシュフローに着目した価格算出方法で、土地と建物を一体とみなし、そこから生まれる収益(賃料やテナント料)を鑑定の基礎とする評価手法です。

言うまでもなく、不動産は保有しているだけでは利益を生みません。「貸す」「売る」といった資産の運用により利用価値が創造されます。つまり、収益力を評価対象として取り入れた鑑定方法が収益還元法なのです。

《用語解説》3種類の不動産鑑定評価方法
(1)取引事例比較法(主に中古物件)

駅からの距離や広さ・築年数など、各物件の地域要因や個別要因を比較して、同条件の物件がいくらで取り引きされたか、多数の取引事例をもとに対象不動産の試算価格を求める方法

(2)原価法(主に新築物件)

「もし、建て直したらいくら費用がかかるか」というように、対象不動産の再調達原価から対象不動産の試算価格を求める方法

(3)収益還元法(主に投資物件)

対象不動産が将来生み出すであろうと期待される純収益(キャッシュフロー)をもとに対象不動産の試算価格を求める方法

前述したように、バブル崩壊を境に日本経済はインフレからデフレへと変わりました。バブル崩壊以前の地価は右肩上がりの上昇を続けており、こうした土地神話の存在が「地上げ屋」や「土地ころがし」を暗躍させました。“更地”こそに価値があり、その敷地(更地)に建物があると逆に価値が下がるという“土地を唯物とする崇拝思想”がバブル経済を支配していました。建物は土地の“付属物”に過ぎず、その存在(=建物)が土地に使用制限を課してしまう“厄介もの”として建物は扱われていたのです。

それが一転、デフレ経済への突入で、不動産の捉え方が「土地本位の思想」から「土地と建物を一体の不動産として扱う発想」へと転換されました。「地上げ」「土地ころがし」による「キャピタルゲイン狙い」から、建物の運用によって得られる「インカムゲイン狙い」へと、投資スタンスも変化を遂げました。収益還元法が不動産の捉え方そのものを大きく変えたのです。

コロナ後の世界も「貸しやすさ」「売りやすさ」が必須条件

不動産は保有しているだけでは利益を生まない。「都心」「駅近」は必須条件!

ここで、知識のある人は「マイホームは実需不動産であり、収益不動産ではない。貸す必要も、将来的に売る予定もない不動産に収益還元法は適用できないのではないか」と疑問を抱くかもしれません。確かに、自己使用・永住を目的とするマイホームに「家賃」も「将来の売却価格」も関係してきません。自ら住み続ける限り、マイホームの収益価値を予測する必要はありません。

しかし、令和の時代を迎え、いまだ「デフレ脱却宣言」が出せない中になって、土地神話を裏付けとした鑑定評価は馴染みません。高度経済成長に所得倍増計画と、これまで日本は大きな売却益(キャピタルゲイン狙い)が見込めるマーケットが長らく続いたため、収益評価(インカムゲイン狙い)という概念が育ちませんでした。バブル時代、不動産の高騰によるキャピタルゲイン期待が賃貸による収益率(インカムゲイン期待)の低さをカバーしていたのです。土地神話や担保主義といった土地本位に偏った住まい観が、キャッシュフロー軽視を招いた格好です。

それが、デフレの後始末(不良債権処理)のために登場した収益還元法により、一転、キャッシュフロー重視へと様変わりしました。「貸しやすさ」「売りやすさ」が実需不動産にも求められるようになったわけです。具体的には「もし貸したら…」「もし売却したら…」という想定の賃料や売却価格で鑑定評価します。

繰り返しになりますが、不動産は保有しているだけでは利益を生みません。「貸す」「売る」といった資産の運用により利用価値が創造されます。今後、リモートワークによって通勤時間を気にする必要がなくなっても、郊外にある最寄り駅から徒歩20分もかかるような一戸建て住宅を買ってはいけません。マイホーム選びをテレワーク(=間取り志向)に同調させてはいけないのです。コロナ後の新たな日常においても、マイホームには収益力(=立地志向)が求められるのです。